うつ病の私が、喫茶店のコミュニティーから学んだこと
以前、私は「うつ病の私が、老後の趣味を心配している」というエッセイを書いた。
きっかけは、YouTubeで見た特殊清掃の動画だった。
孤独死した男性の遺品の中に、仕事で出会った人たちの名刺を大切に保管していた人がいた。
その映像を見て、私は考えた。
長い間、仕事を中心に生きてきた人は、退職して仕事がなくなったとき、誰とも会わなくなってしまうことがあるのではないだろうか。
もし仕事以外にも趣味があり、人とつながれる場所があれば、退職後の暮らしは少し違ったものになるかもしれない。
そんな話を、私はいつも通っている喫茶店でしてみた。
すると、そこにいた七十八歳の男性が、こんなことを話してくれた。
「そういう人は、プライドがあるから、なかなかコミュニティーの中に入っていかないんじゃないかな」
なるほど、そういう見方もあるのかと思った。
もちろん、それだけが理由ではないだろう。
年齢を重ねて足腰が弱くなり、外出すること自体が難しくなる人もいる。病気や家庭の事情で、人と会う機会が減ってしまう人もいる。
けれど、体は元気なのに、自分から人の輪に入っていこうとしない人もいるのかもしれない。
これまで仕事で責任ある立場にいた人ほど、知らない場所で一から人間関係を築くことに抵抗を感じる場合もあるだろう。
自分より若い人たちの中に入っていくのが気恥ずかしい。何を話せばいいのかわからない。今さら初心者として何かを始めるのは格好が悪い。
そんな気持ちが、最初の一歩を妨げることもあるのかもしれない。
もちろん、年齢を重ねても新しいことに興味を持ち、面白そうだと思えばすぐに飛び込んでいく人もいる。
年齢そのものが問題なのではなく、新しい場所に足を踏み入れることをどう感じるか。その違いもあるのだろう。
七十八歳の男性の話を聞いて、私は、人がコミュニティーから遠ざかる理由について、改めて考えさせられた。
ただ、ここでひとつ、忘れてはいけないことがあると思う。
うつ病の場合は、プライドがどうこうという話ではないことも多いのだ。
症状が重いときは、人に会うこと自体が大きな負担になる。
着替えることも、食事をすることも、トイレに行くことさえ難しく感じる日がある。
誰かと話したいかどうかを考える以前に、心も体も動かない。
そんな状態の人に「外に出たほうがいい」「コミュニティーに参加したほうがいい」と言っても、簡単にできることではない。
私自身、うつ病を抱えながら暮らしているので、その難しさはわかるつもりだ。
人に会いたくないというより、人に会うために必要な力が残っていない。
だから、うつ病の人が人とのつながりを持てないからといって、本人のプライドや努力の問題だと決めつけることはできないと思う。
それでも、心と体の調子が少し整い、人に会いに行けそうな日が訪れたなら。
そんなときには、無理のない範囲で、人とつながる機会を持ってみてもいいのではないだろうか。
私の場合、今は喫茶店に通うことができている。
毎日元気いっぱいというわけではない。うつ病がすっかり治ったわけでもない。
いわば、低空飛行を続けながら暮らしているようなものだ。
それでも喫茶店に行けば、コーヒーを飲み、そこにいる人たちと話をすることができる。
自分ひとりで家にいるだけでは出会わなかった考え方に触れることもある。
今回の七十八歳の男性との会話も、そうだった。
自分では思いつかなかった視点を教えてもらい、ひとつの出来事を別の角度から考えることができた。
私は、こうした人との交流が、今の自分の暮らしを支えてくれているのだと思う。
コミュニティーに参加するというと、何か特別な活動を始めなければいけないように聞こえるかもしれない。
けれど、そんなに大げさなことでなくてもいい。
いつもの喫茶店に通うことでもいいし、趣味の教室に参加することでもいい。嫌ならやめてもいい。
誰かと挨拶を交わす。少しだけ会話をする。自分とは違う人生を歩んできた人の話を聞く。
そのくらいの小さなつながりでも、暮らしに変化をもたらしてくれることがある。
もちろん、人と会うことが必ず心を元気にしてくれるとは限らない。人間関係に疲れることもあるし、一人で過ごす時間が必要なときもある。
大切なのは、無理をして人の輪に入ることではなく、自分の状態に合わせて、人とつながれる場所を持っておくことなのだと思う。
今は動けない人も、いつか少し動ける日が来るかもしれない。
そのときに、ほんの少しだけ外の世界に目を向けてみる。
そんな選択肢があることを、心の片隅に置いておいてもいいのではないだろうか。
私も、うつ病を抱えながら、これからどんな暮らしをしていくのかはわからない。
けれど、今、喫茶店に通い、人と話すこと。
それは、自分ひとりの力だけで成り立っているものではないと思っている。
そこに人がいて、会話が生まれ、自分を迎えてくれる場所がある。
そうしたコミュニティーの存在が、低空飛行の私の日常を支えてくれている。
だから私は、人とのつながりを大切にしたい。
元気なときだけでなく、元気がないときにも、いつかまた戻ってこられる場所がある。
そんな場所を、人生の中にひとつでも持っておけたらいいなと思う。

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