「あなたは元気ね」
「病気なんて持っていなさそう」
「病院とは無縁でしょう?」
私は、人からよくそう言われます。
けれど、実際の私は、甲状腺機能低下症があり、うつ病もあります。リウマチについても、予備軍といわれる状態です。
もちろん、こうした事情を誰にでも伝えているわけではありません。
人には、それぞれ話したくないことがあります。私にとって、病気のこともそのひとつです。
人前では明るく振る舞える謎
先日、「見た目だけでは鬱はわからない」というメッセージを伝える動画を見ました。
動画には、男性が二人登場します。
左側の男性は暗い様子で座っています。一方、右側の男性は明るく、楽しそうに応援しています。
ところが、最後になると、右側の男性がいなくなってしまうのです。
残された左側の男性は、隣のベンチにマフラーを掛け、帽子を脱いで胸に当てます。そして、うつむきます。
まるで、誰かを弔っているように見えました。
動画の演出からは、明るく振る舞っていた右側の男性が、実はうつ病を抱えていたという設定が読み取れます。ただし、亡くなった理由までは、映像だけではわかりません。
この動画を見て、私は考えました。
人前で明るく振る舞えるからといって、心まで元気だとは限らないのです。
私自身も、人と接するときには、動画の右側の男性のように、不思議なくらい明るく振る舞っています。
元気なふりをしているというより、そういう振る舞いが自然にできるようになっている、という感覚に近いかもしれません。
だから、私が病気を抱えていると知ったら、驚く人もいるでしょう。
人のことは心配するのに、自分のことは心配しない
私は、人のことをよく心配します。
相手が困っていないか、つらい思いをしていないか。そんなことを考える一方で、自分自身のことは、あまり心配していないのです。
自分の限界がどこにあるのか、よくわからないところもあります。
まだ大丈夫だと思っていても、実際には無理をしているのかもしれません。
人前では普通に振る舞えても、ひとりになったときには、何もできなくなることもあります。
そして、ある日を境に、ぱったりと連絡が途絶えてしまうことだってあるかもしれません。
もちろん、連絡が途絶えた理由は人それぞれです。必ずしも、病気や深刻な事情があるとは限りません。
それでも、普段の様子だけでは、その人がどんな時間を過ごしているのか、わからないものです。
見えている姿だけで、人を判断しない
この動画で、最初に暗く見えたのは左側の男性でした。
私は、明るく振る舞っている右側の男性のほうが、実は苦しみを抱えていたという演出に、考えさせられました。
私たちは、目の前にいる人の表情や言葉から、その人のことを理解しようとします。
けれど、明るい人にも、見えない苦しみがあるかもしれません。
いつも笑っている人も、周囲を気遣っている人も、誰にも話していない事情を抱えているかもしれません。
だからといって、明るく見える人が必ずうつ病だというわけではありません。暗く見える人が、必ずしも病気だというわけでもありません。
ただ、見た目だけで「この人は大丈夫」と決めつけることはできないのです。
私はこれからも、人前では明るく振る舞うことがあるでしょう。病気のことを、誰にでも話すつもりもありません。
それでも、自分自身の限界については、もう少し気にかけてもいいのかもしれません。
人のことを心配するように、自分のことも心配する。
それは、私にとって、これから少しずつ覚えていきたいことです。
元気そうに見える人にも、誰にも見せていない時間があります。
私たちは、その時間をすべて知ることはできません。
だからこそ、目に見える姿だけで、その人のすべてをわかったつもりにならないでいたいと思います。

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