うつ病になると、希死念慮が生じることがあります。
私自身、若い頃は希死念慮がとても強く、今でもそのような気持ちになることがあります。
生きていることがつらい。もう終わりにしたい。
そんな気持ちを抱えながら、私は日々を過ごしてきました。
それなのに、障害年金を受け取って、生きていくための生活を支えようとしている自分がいます。
私はそこに、矛盾を感じることがあります。
生きていたくないのに、生きるためのお金を求める
障害年金を申請するのは、生活を維持するためです。
病気によって働くことが難しくなったり、収入が十分に得られなくなったりしたとき、生活を支えるお金は必要です。
私も、生活していくためにはお金が必要です。
それは頭ではわかっています。
けれど、希死念慮があるときには、こんなことを考えてしまいます。
生きていたくないと思っているのに、どうして生きていくためのお金をもらおうとしているのだろう。
もう生きていたくないのなら、生活を続けるための支援を求めることは矛盾しているのではないか。
そんなふうに、自分の中で相反する気持ちが生まれるのです。
それでも、生活は続いていく
希死念慮があるからといって、生活の問題がなくなるわけではありません。
食費も、光熱費も、住む場所も必要です。
病気がつらくても、明日の生活があります。
生きていたくないと思う気持ちと、現実に生活を維持しなければならないという問題は、同時に存在しています。
私自身、その二つの気持ちの間で揺れ動くことがあります。
障害年金を申請しようかと悩んでいる人の中にも、私と同じような矛盾を感じている人がいるのではないでしょうか。
希死念慮があるのに、生活を続けるためのお金を受け取ろうとしている。
そんな自分を、どこか浅はかだと感じてしまう人もいるかもしれません。
矛盾を感じながら生きていてもいいのだろうか
私は今も、この気持ちに明確な答えを出せているわけではありません。
生きていたくないと思うことがある一方で、生活を維持するために障害年金を必要としています。
そのことに矛盾を感じる自分がいます。
ただ、障害年金は、病気によって生活や仕事に支障がある人の暮らしを支えるための制度です。
希死念慮がある人が、生活を支えるために申請してはいけないということではありません。
生きたいと心から思えている日だけ、生活を支える制度を利用していいわけでもありません。
気持ちが揺れ動いていても、生活のために必要な支援を求めることはできます。
それでも、私は自分の中にある矛盾を、簡単には片づけられずにいます。
障害年金を申請しようか悩んでいる人の中に、同じような思いを抱えている人がいるでしょうか。
もし、あなたもそんな気持ちを抱えているのなら、少なくとも、そう感じているのは自分だけではないのかもしれません。
私もまた、答えを探している一人です。

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