他人の不幸を自分のことのように感じて疲れてしまうあなたへ
「優しい人ほど病みやすい」は本当なのか
うつ病やHSPについて語られるとき、
よくこんな言葉を目にします。
- 優しすぎる
- 共感力が高い
- 人の気持ちを考えすぎる
確かに、それらは一理あります。
けれど、私自身の経験から言うと、
本質はそこではないと感じています。
病んでしまう人と、病まずに生きられる人の違い。
それは――
「心の線引きができるかどうか」
この一点に尽きるのではないでしょうか。
線引きができない人は、他人の人生まで背負ってしまう
よく通っていたパスタ屋さんが閉店することを最近知りました。
Instagramには、こう書かれていました。
シェフが脚立から落ち、背中を強打し圧迫骨折。
足も悪くなり、仕込みや立ち仕事が難しくなったため、閉店します。
これを見たとき、
多くの人なら
「残念だな」「好きなお店だったのに」
それで終わる話だと思います。
けれど、私は違いました。
- このシェフは、これからどうやって生きていくのだろう
- もう料理の仕事はできないのだろうか
- 次の仕事はあるのだろうか
気づけば、相手の未来を自分の問題のように考え始めていたのです。
胸が重くなり、気分が沈み、
その日の帰り道はずっと考え込んでいました。
本来、
シェフの人生はシェフのもの。
私はただの客です。
それでも、私は線を越えてしまう。
これが「線引きができない状態」なのだと思います。
共感と線引きは、似ているけれど全く違う
ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。
共感すること自体が悪いわけではありません。
- 共感:相手の気持ちを理解しようとすること
- 線引きができない状態:相手の人生を自分が引き受けてしまうこと
うつ病やHSPの人は、
この二つの境目がとても曖昧になりやすい。
優しさが、
自分を守る壁を壊してしまうことがあるのです。
「考えすぎ」ではなく「境界線がない」
こうした状態は、よく
「考えすぎ」「気にしすぎ」
と言われます。
けれど、私は違うと思っています。
問題なのは思考量ではなく、
心の中に境界線が引けていないこと。
- どこまでが自分の問題で
- どこからが他人の人生なのか
その区別ができないと、
世界中の不幸が少しずつ自分の中に入り込んできます。
そして、気づかないうちに心が疲弊していく。
病まない人は、冷たいのではない
誤解されがちですが、
線引きができる人は冷たい人ではありません。
彼らはこう考えています。
- 「心配はするけれど、背負わない」
- 「気の毒だと思うけれど、人生までは引き受けない」
それは自己中心的なのではなく、
自分の人生を守るための健全な態度なのです。
背負えるものの数には限界がありますから。
線引きができないと、世界は生きづらくなる
私の場合、
一つのお店の閉店だけで、
心は簡単に沈んでしまいました。
しかも、実は同じ時期に
もう一つ、通っていたお店も閉店します。
「自分の行きつけがなくなる」
ただそれだけのことなのに、
世界がどんどん狭くなっていくように感じてしまう。
こうして、
他人の出来事が積み重なり、
自分の人生まで苦しくなっていくのです。
線引きを学ぶことは、優しさを失うことではない
線引きをするというのは、
優しさを捨てることではありません。
- 共感はする
- でも背負わない
- 責任は引き受けない
この距離感を覚えることは、
うつ病やHSPの人にとって
生きやすくなるための技術だと思います。
でも、これが1番難しい。
まとめ:病みやすさの正体
病んでしまう人と、病まない人の違いは
性格の強さでも、根性でもありません。
心の線引きができるかどうか
それだけです。
もし、あなたが
- 他人の不幸で心が沈む
- 関係のない出来事で疲れ果てる
- 世界が重く感じる
そう感じているなら、
あなたが弱いのではありません。
ただ、少しだけ
境界線の引き方を知らないだけなのです。

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