希死念慮があるのに、なぜか安全圏にいる謎

うつ病の私が見つけた「リスク思考」という生存戦略

※この記事には、うつ病や希死念慮についての個人的な体験と考察が含まれます。

現在、心が不安定な状態にある方は、無理をせず閲覧をお控えください。

死にたいと思うのに、なぜか危険を避けてしまう不思議

うつ病を抱えていると、

「死にたい」という思いが頭をよぎることがある。

それなのに私は、

なぜかいつも安全な場所を選んでしまう。

無茶はしない。

大きな賭けには出ない。

失敗や事故の可能性がある行動は、最初から避ける。

自分でも不思議だと思う。

希死念慮があるのに、行動はいつも慎重で、保守的だ。

不安が強いからこそ、リスク管理を覚えてしまった

うつ病の症状のひとつに、

「不安」と「最悪の想定」がある。

私は何かを決めるとき、

無意識のうちにこう考えている。

  • 失敗したらどうなるか
  • 取り返しがつかなくなったらどうするか
  • 自分が壊れてしまわないか

その結果、

行動は自然と安全圏に収まる。

死にたいと思うほど苦しいのに、

同時に「生き延びるための計算」も、ずっと続けている。

リスク管理のプロになってしまった。

「死にたい」と「生きたい」は、矛盾する

世の中には、不思議な現実がある。

生きたいと願っていた人が、病気や事故で亡くなることもある。

一方で、死にたいと思い続けている人が、なぜか生き延びてしまうこともある。

これは運命論でも、皮肉でもない。

「死にたい」という気持ちは、

必ずしも「命を終わらせたい」という意味だけではないのだと思う。

  • この苦しさから逃れたい
  • 今の状態を終わらせたい
  • もう耐えられない
  • 自分の存在が自分自身で認められない

そんな心の叫びが、

「死にたい」という言葉に姿を変えているだけの場合もある。

安全圏にいることは、弱さではない

私は、行動しない自分を

「臆病なのではないか」と責めたことがある。

でも、今は少し違う見方をしている。

不安が強いからこそ、

リスクを避ける。

壊れやすい自分を知っているからこそ、

危険な場所に近づかない。

それは、意識的ではない生存戦略なのかもしれない。

うつ病の人すべてが、同じではない

もちろん、うつ病の人の中には、

衝動的に行動してしまう人もいる。

命を落としてしまう人がいるのも、事実だ。

だからこれは、

「うつ病の人は安全だ」と言いたい記事ではない。

ただ、

希死念慮があっても、極端に慎重になる人もいる

その事実を、静かに伝えたいだけだ。

おわりに:安全圏にいる自分を、責めなくていい

死にたいと思う日があっても、

今日も危険を避けて生きている。

それは矛盾ではなく、

心が必死に自分を守っている証拠かもしれない。

もし今、

「こんな自分はおかしいのではないか」と悩んでいる人がいたら。

安全圏にいるあなたは、

まだちゃんと、生きようとしている。

その事実だけは、否定しなくていい。

いずれ誰もが人生の終わりを迎える存在だからこそ、今は安全圏で、ゆっくり生きていこうと思っている。

ひとりで抱えきれないときのために

もしこの記事を読んでいて、

気持ちが限界に近いと感じた場合は、

無理をせず、公的な相談窓口や医療機関を頼ってください。

この記事は、同じような感覚を抱える人に寄り添うための個人的な考察です。

医学的な診断や治療に代わるものではありません。

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