仕事を失っても、人とつながっていられる場所
以前、私は自分自身という人間に、とても興味を持っていた時期があった。
YouTubeで、孤独死した人の部屋を清掃する動画をよく見ていたのだ。
特殊清掃の現場を紹介する動画には、亡くなった人が暮らしていた部屋の様子が映し出されることがある。長い時間、誰にも気づかれずにいたことを物語るような、畳に残った黒いシミ。そこにあった家具や日用品。
そんな映像を見ながら、私は、ここで暮らしていた人はどんな人生を送ってきたのだろうと考えていた。
ある男性の部屋を紹介する動画で、特に印象に残ったものがあった。
その男性は、仕事を通じて出会った人たちの名刺を、大切に保管していたのだ。
一枚一枚の名刺には、きっとそれぞれの出会いがあったのだろう。仕事で関わった人、何かを一緒に成し遂げた人、長い年月の中で知り合った人。
名刺は、ただの紙切れではなかったのかもしれない。
その人が社会の中で働き、人と関わりながら生きてきた証しのようにも見えた。
それを見たとき、私はふと思った。
もしかすると、この男性にとって、仕事は人とつながるための大切な場所だったのではないだろうか。
仕事をしている間は、毎日誰かと顔を合わせる。用事があれば電話をし、打ち合わせをし、ときには雑談もする。
けれど、退職すれば、その日常は大きく変わる。
昨日まで当たり前のように会っていた人たちと、会わなくなることもある。仕事の連絡が来ることもなくなり、誰かと話す機会が少しずつ減っていく。
もちろん、退職後も友人や同僚との交流が続く人はいるし、仕事以外のつながりを持っている人もいる。
ただ、長い間、仕事を中心に生活してきた人にとって、それがなくなったあとの暮らしは、想像以上に大きな変化なのかもしれない。
そこで私は、趣味があったらどうだろうと思った。
仕事を辞めても、通える場所がある。
同じ趣味を持つ人と話ができる。
次に会う約束があり、楽しみにできる予定がある。
そんな場所がひとつでもあれば、仕事がなくなったあとも、人とのつながりを持ち続けられるのではないだろうか。
そう考えた私は、ふと自分のことを思い出した。
私はうつ病を抱えている。
今でも、消えてしまいたいと思うことがある。将来に希望を持てないような気持ちになることだってある。
それなのに、私は老後のことを心配して、趣味を持つことの大切さを考えているのだ。
なんだか、おかしな話ではないだろうか。
今を生きることにも苦労している私が、ずっと先の人生を心配している。
自分でも、ちょっと笑ってしまう。
けれど、笑い話のようで、そうとも言い切れない。
人は、いつまで働けるかわからない。いつまで健康でいられるかもわからない。
仕事ができなくなったとき、退職したとき、あるいは何かの事情で社会との接点が少なくなったとき。
そのとき、自分には何が残っているだろう。
仕事以外にも、自分が好きなことや、人とつながれる場所があれば、暮らしの支えになるかもしれない。
私は今、グランドピアノのある喫茶店に通っている。
ピアノを弾き、コーヒーを飲み、人と話す。
ときには、自分が思いもしなかった話を聞くこともある。
ピアノが上達することだけが目的ではない。喫茶店に行けば、そこに人がいて、会話が生まれ、日常の中に小さな変化がある。
こういう場所があることは、私にとって大切なことなのだと思う。
趣味というと、何かを上達させたり、立派な作品を作ったりすることを想像する人もいるかもしれない。
けれど、必ずしもそうでなくていいのではないだろうか。
好きな音楽を聴くことでも、植物を育てることでも、喫茶店に通うことでもいい。
趣味を通じて、誰かと話すきっかけができる。自分の知らない世界を知ることができる。
それだけでも、暮らしは少し広がっていく。
特殊清掃の動画で見た、あの男性の名刺を、私は今でも思い出す。
その名刺を持っていた理由も、その人がどんな思いで生きていたのかも、本当のところはわからない。
仕事が原因で孤独になったと決めつけることもできない。
ただ、あの映像を見たことで、私は仕事以外のつながりについて考えるようになった。
世の中には、仕事を辞めたあと、人と会う機会がなくなり、家の中で一人で過ごしている人もいるのだろう。
外からは、その人がどんな暮らしをしているのか見えない。
だからこそ、仕事だけに限らず、自分が安心して過ごせる場所や、人とつながるきっかけを持っておくことは、大切なのかもしれない。
うつ病の私が、老後の趣味を心配している。
やっぱり、少しおかしい。
でも、今の私が未来のことを考えているのも、きっと悪いことではないのだろう。
人生がこの先どれくらい続くのかは、誰にもわからない。
だからといって、先のことを何も考えなくていいわけでもない。
明日のことを考えるのが難しい日もあれば、何年も先の暮らしについて考える日もある。
人間って、不思議なものだ。
消えてしまいたいと思う日がある一方で、老後も楽しく暮らすためには何が必要なのだろうと考えている。
その矛盾を抱えながら、私は今日も生きている。
そして、もし誰かが今、仕事以外に楽しみがないと感じているのなら、ほんの小さなことでも、自分の好きなものを見つけてみてほしいと思う。
それが必ず孤独を防いでくれるとは限らない。
けれど、好きなものがあることで、人と話すきっかけが生まれるかもしれない。
人生の途中で仕事がなくなっても、自分の世界までなくなってしまわないように。
そんなことを、あの名刺の映像から考えたのだった。

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