「前のように動けるはず」と思わないことが、心を安定させる
うつ病になる前と、うつ病になった後。
この二つを、同じ体だと思って扱うこと自体が、すでに無理の始まりなのだと思います。
※この記事は、うつ病と長く付き合ってきた方、
何年も症状の波とともに生活してきた方に向けて書いています。
発症初期や治療初期の方には、当てはまらない部分があるかもしれません。
うつ病と長く付き合っていても、体に期待してしまう
うつ病と長く付き合っていると、
頭ではわかっているつもりでも、どこかでふと、
「また元に戻れるはず」
「前みたいに動ける日は来るはず」
そんな期待を、自分の体に向けてしまうことがあります。
ですが、その無意識の期待こそが、心を一番不安定にしている原因なのではないでしょうか。
この記事では、
うつ病になった後の体には期待しないこと、
そして「期待しないことが、なぜ心の安定につながるのか」を、
長期的な視点から書いていきます。
うつ病になると、体の出力そのものが変わる
うつ病は、気分だけの問題ではありません。
- 体力が続かない
- 集中力が著しく落ちる
- 回復に時間がかかる
- 少しの刺激で強く消耗する
これは「怠けている」のではなく、
体の最大出力そのものが下がっている状態です。
それにもかかわらず、
「今日は前みたいに動けるかもしれない」
「これくらいならできるはず」
そう思って体を動かしてしまうと、
できなかったときの落差は、想像以上に大きくなります。
「どうして動けないんだろう」
「なんでこんなにできないんだろう」
そう考えるよりも、
**「動けないのは当然」**と最初から思っていたほうが、心はずっと楽なのです。
もう自分の体の構造は完全に変わってしまったと思ったほうがいい。
前と同じようにできるのなら、もう既にできてるはずです。
期待は、自分を否定する材料になりやすい
体に期待すると、結果はどうなるでしょうか。
- できなかった
- 思ったより動けなかった
- また同じところで止まってしまった
こうした体験が、少しずつ積み重なっていきます。
真面目な人ほど、
「期待した自分」と
「できなかった現実」の差に、深く傷つきます。
つまり、長期うつ病においては、
期待は希望ではなく、自己否定を増やす引き金になってしまうことが多いのです。
「もう前のようには動けない」と思うほうが、心は安定する
少し厳しく聞こえるかもしれませんが、
うつ病になった後の体は、以前と同じようには動きません。
これは悲観ではありません。
現実を前提にするというだけの話です。
- 動けない前提で一日を考える
- 動けたら例外
- 動けなくても想定内
この考え方に切り替えると、
感情の揺れは驚くほど小さくなります。
期待しないことで、
「できなかった自分」を責める回数が、確実に減っていきます。
期待をやめることは、諦めではない
「期待しない」と聞くと、
諦めたように感じる人もいるかもしれません。
ですが、これは諦めではありません。
今の体に合わせた扱い方に変えるということです。
壊れやすくなった体を、
以前と同じ力で使えば、また壊れてしまいます。
だからこそ、
- 無理に引き出さない
- 出力は低い前提で考える
- 使えたらラッキーくらいに思う
この距離感が、長期的には自分を守ります。
期待しなくなると、心は静かになる
体に期待しなくなると、
次のような変化が起きます。
- 朝の落胆が減る
- 動けない日を受け入れやすくなる
- 自分を責める時間が減る
うつ病と長く付き合う人に必要なのは、
前向きさや努力ではありません。
心の静けさです。
期待を手放すことは、
心を守るための、とても現実的な選択です。
まとめ:期待しないことは、長期うつ病と生きるための技術
うつ病になった後の体には、期待しない。
前のように動けるはずだ、と思わない。
それだけで、心はかなり安定します。
- できなくても当然
- 動けたら例外
- 生きていれば、それでいい
これは負けではありません。
長期うつ病とともに生きるための、生活技術です。
自分の体を信じすぎないこと。
それが、今の自分を一番守ってくれる考え方なのだと思います。
自分への取扱説明書を、柔軟に変更するべき時なのだと考えています。

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