うつ病になってから、何をすればいいのか分からなくなることがあります。
ぼーっとしてしまう。
頭がうまく働かない。
何かをしなければいけないと思っているのに、何をすればいいのか思いつかない。
「自分は今こんな状態で、未来なんてないはずなのに、現在のお金に悩むし、将来のお金についても悩んでいる。健康についても悩んでいる。馬鹿みたいだな。みんなは頑張っているのに、なぜ自分は生きているんだろう」
そんなことを、頭の中で延々と考えてしまうこともあります。
そもそも、ペンを持つことさえ大変な日もあります。
そんな私が、最近やっていることがあります。
10センチ四方くらいの付箋に、自分がやることを書いていくのです。
付箋は壁に貼らない
私は、付箋を壁や目立つ場所に貼っているわけではありません。
システム手帳の紙に付箋を貼り付けています。
付箋が何枚も重なって、束になっても大丈夫。
必要がなくなったら、はがして捨てればいい。
システム手帳を開けば、そこに今まで自分が書いてきたことがあります。
それだけで、頭の中にあるものを少し外へ出しておけます。
書けるだけ、適当に書く
私は、10センチ四方くらいの付箋に、やることを書きます。
たとえば、
・ゴミ袋を買う
・くしを買う
・ミートソースを買う
・8/25 ペットボトルを捨てる
・8/23 壊れた傘を捨てる
こんな感じです。
ここで誤解のないようにしておきたいのですが、「10個書きましょう」という意味ではありません。
たまたま私の文字の大きさだと、10センチ四方くらいの付箋に10個ほど書けるだけです。🤣
1個でもいい。
2個でもいい。
書けるなら10個以上でもいい。
その日の自分が書ける分だけで十分です。
そして、大きな用事を書く必要もありません。
もっと小さなことでいいのです。
・ノートに文字を書く
・髪の毛をとかす
・水を飲む
・顔を洗う
・窓を少し開ける
これくらい小さなことでも、立派な「やること」です。
普通の人から見れば「そんなことを書くの?」と思うようなことでも、私は馬鹿にしないことにしています。
その日に自分ができそうなことなら、それでいい。
きれいに整理しなくていい
普通のタスク管理なら、カテゴリーごとに整理したほうが便利なのかもしれません。
買い物。
掃除。
仕事。
家事。
その他。
でも、私はきれいに分類しません。
買い物も、ゴミも、家のことも、全部まとめて書きます。
なぜなら、きれいに整理しようとすると、それだけで疲れてしまうからです。
「ちゃんと整理しなければ」
と思った瞬間に、タスク管理そのものが負担になります。
だから、めちゃくちゃでいい。
順番もバラバラでいい。
忘れてしまってもいい。
システム手帳をパッと開いて、
「今日はこれならできるかもしれない」
と思ったものを一つ選びます。
それだけです。
できたら赤ペンで消す
書いたことができたら、赤ペンで線を引いて消します。
「ゴミ袋を買う」
これができたら、
シュッ。
赤い線を引く。
ただ、それだけです。
でも、これが意外と気持ちいい。
「あ、これは終わった」
と目で確認できます。
頭の中だけで「やらなきゃ」と思っているよりも、紙の上に書いてあるほうが、私には分かりやすいのです。
ただし、赤い線を引けなくても大丈夫です。
できたことを消すための赤線ですが、赤線を引くことさえ負担になる日があります。
そんな日は、
「書けた」
それだけで十分です。
タスクを終わらせることが目的ではない
ここが、私が一番伝えたいところです。
この付箋を使っているからといって、書いたタスクを全部完了させなければならないわけではありません。
私は、タスクをたくさん終わらせることが、うつ病から抜け出すことだとは思っていません。
もし、
「10個書いたなら10個終わらせなければいけない」
「昨日できたのだから、今日もできなければいけない」
「タスクが残っている自分はダメだ」
となってしまったら、付箋は自分を助ける道具ではなく、自分を追い詰める道具になってしまいます。
だから私は、できなくてもいいと思っています。
1個できてもいい。
0個でもいい。
途中まででもいい。
期限が過ぎてもいい。
今日は何もできなかった。
それでもいい。
気に入らなくなったら、シュッと捨ててもいい
そして、この方法には、私が勝手に決めたもう一つのルールがあります。
付箋が嫌になったら、捨てていい。
文字が気に入らない。
書き方が気に入らない。
タスクが多くなりすぎて、見るだけで嫌になる。
イライラしてしまう。
「もう自分はダメだな」と思ってしまう。
そんなときは、その付箋をシュッとはがして、ゴミ箱に捨ててもいいのです。🤣
「せっかく書いたのにもったいない」
なんて考えません。
嫌になったら、やり直せばいい。
それでいいのです。
大切なことが書いてあるなら、捨てる前に別の付箋やノートへ書き写しておけばいい。
でも、全部を残しておく必要はありません。
タスクが多くなりすぎて嫌気が差したら、全部一気に捨ててしまうこともあります。
そして、また新しい付箋に書き始めます。
これは私にとって、失敗ではありません。
むしろ、
「今の私には、このやり方は合わなくなった」
と気づいたということなのだと思っています。
紙に書くことが大切なのかもしれない
私は最近、タスクを完了させることよりも、紙に書くことそのものが大切なのではないかと思うようになりました。
うつ病のときは、目に見えないものと戦っているような感覚になることがあります。
将来のお金。
将来の健康。
これからどうやって生きていくのか。
この先、自分はどうなるのか。
頭の中で考えても、答えの出ないことばかりです。
未来は目に見えません。
だから、考えれば考えるほど不安が大きくなることがあります。
そんなときに、10センチ四方の付箋を一枚出して、
「水を飲む」
「顔を洗う」
「ゴミを一つ捨てる」
と書いてみる。
すると、少なくとも今、自分が何をすることができるのかが、目に見える形になります。
未来のことではありません。
今日のこと。
今の自分の足元のことです。
書いていると、自分が大切にしているものが見えてくる
付箋に書いているうちに、
「私は今、何をしたいんだろう」
「何ならできるんだろう」
「これは今の私には必要ないんじゃないか」
ということが、少しずつ分かってくることがあります。
たとえば、
「外へ出たい」
と思ったとしても、いきなり遠くへ出かける必要はありません。
「コーヒーを飲みに行く」
と書いてみる。
それならできるかもしれない。
そんなふうに、自分の足元にある小さなことから考えていきます。
そして、できなければ消さなくてもいい。
「今は無理だった」
それだけです。
また後でやればいい。
あるいは、もう必要なくなったのなら、付箋ごと捨ててもいい。
この小さな付箋から、コーヒーまでたどり着いた
最近、私は少しずつ外へ出られるようになりました。
家から徒歩1分ほどのところにある喫茶店へ、コーヒーを飲みに行っています。
喫茶店で行われる催しにも参加できるようになりました。
整体の先生が行っている体操にも参加しました。
1時間ほど、ゆっくり体を動かします。
でも、いきなりそこまで行けるようになったわけではありません。
付箋に一つずつ書いて。
できたら赤線を引いて。
できない日は、そのままにして。
嫌になったら、付箋をはがして捨てて。
また新しい付箋に書いて。
そんなことを繰り返しているうちに、少しずつ生活が動いていきました。
そして、気がついたら、
「コーヒーを飲みに行こうかな」
と思えるところまで来ていました。
付箋は「自分を働かせる道具」ではない
私は、この付箋を「頑張るための道具」だとは思っていません。
ましてや、
「タスクを完了させれば、うつ病から抜け出せる」
とも思っていません。
そんなことを言ってしまったら、タスクを完了できない日は、
「私はまだうつ病から抜け出せていない」
と、自分を責めることになってしまいます。
それでは苦しくなってしまいます。
私にとって付箋は、もっと小さなものです。
頭の中にあるものを、いったん紙の上に置いておくためのもの。
そして、
今の自分ができることを、目に見えるようにするためのもの。
それだけです。
書いたことを全部終わらせなくてもいい。
赤線を引けなくてもいい。
付箋を捨ててもいい。
何日も放置してもいい。
また書き始めてもいい。
10センチ四方の小さな地図
うつ病になると、未来のことばかり考えてしまうことがあります。
「この先どうなるんだろう」
「お金はどうなるんだろう」
「健康はどうなるんだろう」
「どうやって生きていくんだろう」
答えの分からない未来と戦い続けると、不安ばかりが大きくなってしまいます。
だから私は、未来をいったん脇に置いて、自分の足元を見ることにしました。
10センチ四方の付箋を一枚出す。
今の私にできることを書く。
水を飲む。
髪をとかす。
顔を洗う。
ゴミを一つ捨てる。
ノートに文字を書く。
コーヒーを飲みに行く。
それだけです。
付箋は、私を未来まで連れていく魔法の道具ではありません。
でも、今いる場所を確認するための、小さな地図にはなります。
そして、その地図を見ながら歩いていたら、私は徒歩1分の喫茶店までたどり着きました。
たった1杯のコーヒーです。
でも、そのコーヒーにたどり着くまでにも、私にはいくつもの小さな一歩がありました。
だから私は、今日も付箋に何かを書きます。
できたら赤線を引く。
できなかったら、そのまま。
嫌になったら、シュッとはがして捨てる。
また書きたくなったら、新しい付箋に書く。
完璧じゃなくていい。
10個できなくてもいい。
1個でもいい。
0個でもいい。
そしていつかまた、
「コーヒーでも飲みに行こうかな」
と思えたら、それで十分です。

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