精神疾患クラスの痛バ――私たちの勲章を見てみよう
最近、ロシアのおじいちゃんの動画を見た。
胸いっぱいに勲章をつけて、堂々と歩くその姿は、まるで痛バにしか見えない。
100歳を超えても力強い歩みを見せるその姿に、遺伝レベルでのメンタルの強さを感じずにはいられなかった。
やっぱり、精神的に強い人は年を重ねても強いものだ。
一方で、私はおそらく遺伝レベルでメンタルが弱い。
将来もきっと弱いままだろう――まあ、その話は割愛するとして。
痛バを精神疾患クラスに置き換えたらどうなる?
ふと、こんなことを思った。
もし、この痛バを精神疾患クラスに置き換えたらどうなるだろうか?
胸いっぱいに勲章をつけた人々が、精神疾患の「戦歴」を誇らしげに見せている姿を想像してみる。
「これが私のうつ病10年の勲章です」
「こちらはパニック障害との戦いで得たものです」
「そしてこれが、不安障害との壮絶な戦いの証です」
そんな風に、精神疾患を抱えながらも生き抜いてきた人々が、痛バのように自分の「勲章」を見せている。
なんだか、ちょっと笑えてくる。
私たちの勲章――それでも生きている証
もちろん、精神疾患を抱えることは決して楽なことではない。
それでも、こうして生きていること自体が、すでに一つの「勲章」なのかもしれない。
「私たちに将来があるのかどうかも知らないが、ひとまず生きてはいる。」
この言葉に尽きる。
私たちの痛バには、たくさんの「戦歴」が詰まっている。
それは、苦しみの証でもあり、生き抜いてきた証でもある。
痛バを背負って、今日も生きる
ロシアのおじいちゃんのように、胸いっぱいに勲章をつけて堂々と歩くことはできないかもしれない。
でも、私たちもまた、自分だけの「痛バ」を背負って生きている。
それがどんなに重くても、どんなにボロボロでも、
その痛バは、私たちがここまで生きてきた証だ。
だから、今日も静かに笑ってみる。
「私の痛バ、なかなかのものだろう?」と。
痛バできた✌️ pic.twitter.com/oNrFnkrD8B
— がぷえぴも (@gapuepimo) April 20, 2025
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