うつ病の人の「0か100」の思考は、性格ではなく“仕様”です

「まあいいじゃん」と言われて、余計につらくなった経験はありませんか?

多くの人は、

  • 7割は怒るけれど、3割は流す
  • 少し嫌でも、まあ放っておく

といった、ほどよい判断ができます。

けれど、うつ病になると、それが器用にできなくなることがあります。

うつ病の思考は「◯か×」「0か100」

うつ病の状態では、頭の中の選択肢が二択だけになってしまうことがあります。

  • 正しいか、間違っているか
  • 自分が悪いか、相手が悪いか
  • 我慢して壊れるか、完全無関心か

つまり「ほどほど」「まあまあ」「今回は流す」といった中間の選択肢が見えなくなるのです。そのため、周囲からは「極端」「考えすぎ」「大げさ」と思われることも少なくありません。

コップの水で例えると

普通の人にとっては、コップに水が一杯入っているところへ1滴水が落ちても、「たった1滴」と感じます。表面張力があるので、すぐには溢れません。

でも、うつ病の状態では違います。1滴入った瞬間に、なぜか全ての水が一気に溢れ出る感覚になるのです。

理屈ではなく、

「もう限界」「自分はもう全部だめだ」「人生終わった」

という反応が、即座に起きてしまいます。

これは気持ちの問題ではなく、そういう仕様になっている状態なのです。

「適当にする」ができない苦しさ

「適当にやればいいよ」

という言葉もよく聞きますが、うつ病の人にとって「適当にする」は非常に難しいことです。

  • きちんとやれなかった自分を責める
  • あの対応で良かったのか、延々と考える
  • 後悔と反省が止まらなくなる

そして、この「反省会」が何時間、何日も続き、やがて心だけでなく体も動かなくなってしまうことがあります。

うつ病の人からすると、「適当にする」というのは、しばしば「もう全然何もしない」という解釈になってしまうのです。

極端さは「弱さ」ではない

うつ病の人の思考が極端に見えるのは、性格や努力の問題ではありません。

脳と心が「これ以上壊れないように」、安全装置として二択しか選べなくしている状態とも言えます。

だからこそ、

「普通ならできるのに」「気にしすぎ」

という言葉は、逆に苦しさを増やしてしまいます。

まとめ:できないことを、責めなくていい

うつ病のとき、

「ほどほどに考える」

「まあいいやと流す」

ことができないのは、異常ではありません。

それはその人の怠慢ではなく、病気の症状の一部です。

パソコンでいうセーフティーモード状態になっており、選択肢が極端に限られています。

また、これはうつ病に限った話ではありません。

もともと性格として、0か100、白か黒でしか考えられない人もいます。

そういう方にとっても、「極端に見える思考」は弱さや欠陥ではなく、その人の自然な思考の傾向なのです。

まずは、

「今は0か100でしか考えられない状態なんだ」

「私の思考パターンはこういう性格なのかもしれない」

と自分で理解してあげること。

それだけでも、少し心が軽くなることがあります。

それは怠慢でも性格の弱さでもなく、容量が少なくリソースも限られている中で、壊れないように生きるための自然な反応です。

少ない容量で、リソースも限られている中で、私たちはその範囲の中で壊れないように生きていくしかないのです。

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