「死んじゃだめ」は本当に届くのか?うつ病経験者が語る言葉のリアル

「死んじゃだめ」は本当に意味が伝わっているのか?

うつ病で苦しんでいる人や、大切な人を亡くして絶望している人に対して、

私たちはつい「死んじゃだめ」と言ってしまいます。

しかし、よく考えてみると、この言葉は非常に短絡的です。

多くの場合、理由が添えられず、ただの合言葉のようになっています。

「なぜ死んではいけないのか」は語られていない

「家族が悲しむから」「周囲の人が困るから」といった理由を付ける人もいますが、

家族がいない人や、周囲に頼れる人がいない人にとっては意味をなさないのです。

つまり、この言葉は万人に通用する理由を伴っていない。

表面的には優しいように聞こえても、受け取る人に届かないことが多いのです。

うつ病を経験した人は、簡単な言葉を口にしない

うつ病を経験した人は、「死にたい」と口にする人に対して、安易に言葉を投げかけることはできません。

まず第一に、その気持ちに非常に共感してしまうのです。

そして、その人の気持ちを否定できないと考え、認めようとします。

ただし、同調するわけではありません。

同調してしまうと、場合によっては危険な影響を与えることにもなりかねないからです。

だからこそ、うつ病を通った人は下手な助言を避けます。

生きる理由を押し付けることもしません。

ただ、その人の言葉を否定せず、そのまま受け止める。

そして、それ以上のことは無理にしようとしないのです。

別に「死ね」と言うわけでもない。

しかし、「生きろ」とも軽々しく言えない。

その沈黙こそが、当事者がたどり着いた、誠実な距離感なのだと思います。

この微妙な距離感で、つかず離れず寄り添っていくしかないのかなと考えています。

この感覚はね、うつ病になったらわかると思います。でも、あなたが一生ならないことを願ってます。

▶︎うつ病になったとき、人は最初に「生きる意味」を考え始める

▶︎命の電話体験談:つながりにくく冷たく感じたリアルと学び

コメント