精神疾患の人が猫や犬を飼ったり、困っている人や動物に強く反応したりすることがあります。普通の人からすると、「自分のことも大変なのに、なぜ?」と思うかもしれません。しかし、その背景には共感力の鋭さと境界の曖昧さがあるのです。
なぜ人間と動物を区別できないのか?境界線が曖昧な人の心理
多くの人は、助ける対象に線引きをします。
- 理性的な人:
「助ける対象を選ぶ」ことができる
例:人間の子供は助けるけど、猫の子供は助けない
しかし、病みやすい人は、人間と動物の境目を意識しないことが多いのです。
弱いものや困っているものを見れば、動物であれ人間であれ、自分の心が自然に動くのです。
「見捨てられない」という共感力が、自分自身を追い詰める理由
この感覚は共感力の表れでもありますが、同時に心に負荷をかける原因にもなります。
- 「見放すこと」ができないため、救わなければならない対象がどんどん増える
- 助けきれない状況に直面すると、罪悪感や無力感が増す
- 感情的負荷が日常生活まで影響し、疲れやすくなる
まとめ:共感力と精神的負荷のバランス
精神疾患になりやすい人は、共感力や感情の鋭さが非常に高い一方で、線引きができないことで心に大きな負荷がかかることがあります。
これは異常や甘えではなく、単に感情の優先順位が一般的な感覚と少し異なるだけです。
- 人間と動物の境界が曖昧
- 救わなければと思う対象が多くなる
- 結果として心が疲れやすくなる
こうした人にとって、「あの動物はかわいそうだけど、自分たちも生活があるから仕方ない」という理性的な言葉は、あまり響きません。
そのため、ゴミ屋敷での多頭飼育のように、崩壊しない限り行動が止まらないケースも少なくありません。
本来の目的は単に動物を助けたいだけだったのに、自分の心を助けたい感情が過剰に働き、結果として異常事態を招いてしまったのです。
もちろん、この考え方をするからといって必ずしも精神疾患であるとは限りません。
また、きちんと飼育できている環境であれば問題はありません。
しかし、背負うものが多すぎると、心が疲弊し、病んでしまう確率は高くなります。
共感力は素晴らしい特性ですが、自分を守るためには線引きや距離感を意識することも大切です。
本人も「もうこれ以上は無理」とわかっていながら、感情に動かされてしまうため、非常に難しい状況なのです。
見なかったことにしてしまったらどうなるのか?
その出来事が本人の頭の中に居座り、「あの時、ああすればよかったんじゃないのか?」という無限ループの反省会が始まるのです。
行動するにしてもしないにしても、どっちにしろ自分を苦しめ続ける作用が働いて逃げれません。
でも、何もしないよりは、何かしたほうがそっちの方が心が軽くなるのです。

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