精神科医にこう聞かれたことがある
「あなたは、何かトラウマをお持ちではありませんか?」
以前、精神科を受診していたとき、医師からそう聞かれたことがあります。
その瞬間、私はすぐに答えられませんでした。
事故や大きな事件を思い浮かべても、
「これだ」と言えるものが思い当たらなかったからです。
でも今なら、はっきり分かる
時間が経ち、さまざまなことを振り返る中で、
私はようやく理解しました。
私のトラウマの正体は、家族そのものだったのだと思います。
家族というのは、本来は安心できる場所のはずです。
けれど私にとっての家族は、
- 常に気を張っていなければならない
- 否定や支配が当たり前に存在する
- 逃げ場がなく、長期間続く
そういう環境でした。
家族によるトラウマは気づきにくい
家族が原因のトラウマは、とても分かりづらいものです。
なぜなら、
- それが「日常」になってしまう
- 比較対象がない
- 「家族だから仕方ない」と自分を納得させてしまう
こうして、心と体は少しずつ削られていきます。
専門的には、こうした状態を
**複雑性トラウマ(C-PTSD)**と呼ぶこともあります。
生きづらさの正体
私がずっと感じてきた生きづらさ――
それは性格の問題でも、努力不足でもありませんでした。
- 生きること自体が重く感じる
- 結婚や家族、子どもに希望を持てない
- 人生の「普通」が理解できない
これらは、長期間の心理的負荷によって
脳と心が「生き延びること」を最優先にした結果だと思います。
子どもを欲しいと思えない理由
私が子どもを欲しいと思わないのは、
他人を否定したいからでも、悲観しているからでもありません。
生きることの辛さを身をもって知っているからこそ、
その負荷を後世に渡したいと思えない。
それだけの、とても個人的で合理的な判断です。
結論|トラウマを知ることは、自分を守ること
精神科医に「トラウマはありませんか?」と聞かれたあの日。
当時は答えられなかった問いに、今は答えられます。
「ありました。家族です」と。
これは被害者意識ではありません。
自分の人生を正しく理解し、守るための視点です。
欲しくないものを欲しがらなくていい。
選ばない人生があってもいい。
人生には、いろいろな完成形があっていいのだと思います

コメント